2008年02月05日
まだこんなゴミ箱が
2/1から4日間、神戸・大阪の親戚巡りの旅にカミさんと次女のまどかと回れるだけ回ろうと入念にスケジュールを組んで行って来ました。
初日だけ少し時間を空けて懐かしの私の少年時代に過ごした町の界隈を散策するためにカミさん達と2時間ほど別行動してノスタルジーに耽る時間を作りました。
震災以降4度目の訪問ですが来るたびごとに懐かしい家や風景が消えて行く変化に長い時の流れを感じざるを得ません。
生まれ育った家の周辺をその時代を回想しながら歩いているときに目に止まったものが写真のコンクリート製の「ゴミ箱」です。
当時昭和30年代は今のように家庭ゴミが大量に出ることのない社会でした。
食べ残したご飯は飼っている犬や猫の餌に、野菜の捨てる場所は猫の額ほどの小さな畑の肥料に、新聞紙や雑誌は台所のかまどの焚き付けにと。
ペットボトルは存在しない当時は缶やびんは子供のおもちゃや筆立て・花瓶・・何でも有効利用(reuse)する資源を大切に使う時代でした。当時は各家庭の玄関先にゴミ箱を置いて再利用出来ないゴミだけが捨てられていました。
そのころに使われていたゴミ箱がこのコンクリート製のものとミカン箱を改造したり手製で作ったゴミ箱を使っていました。
その頃は今のような格差社会ではなく子供だった私たちが「金持ち」とレッテルを貼るのは自分の家にテレビを買った早い順にランク付けされていました。それと同様に家の前のゴミ箱が写真のようなコンクリート製のものを置いている家は一目置かれていました。
当時みんなが必死に働いても貧しい生活の中で、今ではすっかり失われてしまった「ものを大切にする心」や「人に対する思いやりの気持ち」は豊かに生きていた時代でした。
そんな現代社会とのギャップを感じさせるタイムマシンに乗ってやってきたようなゴミ箱でした。
真ん中の写真は私の生まれ育った下町を近くの裏山から

右の写真は子供時代に遊んだ裏山のその頃からあった「亀石」です。
Posted by ゆめりんご at 13:26│Comments(2)│TrackBack(0)
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この記事へのコメント
素敵な時間を過ごされたのですね(^^)
私の住む街の片隅にもまだ似たようなコンクリートのゴミ箱が肩を窄め遠慮しながら存在している裏通りがあります。
いまその通りを歩くと子供の頃は当たり前だった道幅がやけに狭く感じてしまうんですよね。
すっかり車社会になった証拠ですね。
少し寂しさを感じています。「三丁目の夕陽」の光景をフッと思い出して…
あの頃はちょっと良かったな…なんて思ってしまうのは歳をとったからなんでしょうかね…
私の住む街の片隅にもまだ似たようなコンクリートのゴミ箱が肩を窄め遠慮しながら存在している裏通りがあります。
いまその通りを歩くと子供の頃は当たり前だった道幅がやけに狭く感じてしまうんですよね。
すっかり車社会になった証拠ですね。
少し寂しさを感じています。「三丁目の夕陽」の光景をフッと思い出して…
あの頃はちょっと良かったな…なんて思ってしまうのは歳をとったからなんでしょうかね…
Posted by hanamaruko at 2008年02月07日 13:44
この亀石に跨ってる写真がありますよ^^;
小学校1年生の時の写真です。(多分)
ゆめりんごさんは中学校1年生ですね^^
コンクリート製のゴミ箱、私の住んでた家にもありました。
但し、私たち家族は間借りをしてましたのでランク外ですが…。
小学校1年生の時の写真です。(多分)
ゆめりんごさんは中学校1年生ですね^^
コンクリート製のゴミ箱、私の住んでた家にもありました。
但し、私たち家族は間借りをしてましたのでランク外ですが…。
Posted by akatonbo at 2008年03月12日 04:07

